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ホーム判例集に関するご案内大合議事件集 >事例1(平成17年(ネ)第10040号 特許権侵害差止請求控訴事件、特許権、発明の名称 情報処理装置及び情報処理方法(特許番号:第2803236号) 判決言渡日 平成17年9月30日)

      事例1|大合議事件集


事例1                 平成17年(ネ)第10040号、平成16年(ワ)第16732号

目次
 <概要>
 <結論>
 <解説>
 <まとめ・余談>

 本サイトは、上記<概要>、 <結論>、 <解説>及び<まとめ・余談>で構成されています。項目をクリックすると当該説明の箇所へジャンプします。時間のない方は、概要、結論、まとめ・余談等を先に読まれると良いかもしれません。
 より理解を深めたい方は、解説を参照すると良いかもしれません。更に理解を深めたい方は、実際に判決文と、特許明細書を入手して分析をする事をお勧めします。



                                                  概 要

<概要> 
 大合議事件について集めたものの一部をご紹介します。事例1(・平成17年(ネ)第10040号 特許権侵害差止請求控訴事件、特許権、発明の名称 情報処理装置及び情報処理方法(特許番号:第2803236号) 判決言渡日 平成17年9月30日 )は、いわゆるアイコン訴訟として知られているものです。
 アイコン訴訟については、種々の角度から議論され、取り上げられております。結果として、無効理由を有するために、差止請求不成立となったものですが、ここでは、特に判決文で何ページかを割いて議論されている「アイコン」の意義について、焦点を絞って解説してみます。
 明細書についてある概念についての定義規定を設けるか設けないかについて、議論が分かれるところでも有り、実際のところケースバイケースで定義を設けたり、設けなかったりしているのが現状だと思います。
 但し、定義を設けた場合に注意すべき点は、当該定義を明細書で記載した場合には、いわゆる自白した事実となり、これと異なる主張をする事は非常に困難であるという点です。今回の事例の場合、「アイコン」の定義は、はっきりとは明細書に記載されていません。
 明細書に記載されていない文言を特定する場合には、どのようなアプローチがされるのでしょうか?
 明細書に定義をかくか、かかないか迷っている場合に、多少は参考になるかもしれません。

 「アイコン」の意義については、原審平成16年(ワ)第16732号で詳しく述べられており、当該考えを平成17年(ネ)第10040号でも踏襲しているようですので、原審の判例を主として紹介していきます。
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                                                  結 論

<結論>
 定義、意義について、明細書等の記載により特定できる場合には特定し、出願当時の一般的な意義も参酌した上で、構成の意義を明らかにしていく。

 本例において、「アイコン」の意義について、明細書の種々の記載から特定していこうとしている点が見受けられます。
 「アイコン」について、以下の論点、すなわち、

1.「アイコン」は、ドラッグないし移動できるものであることが必要であるか否か?
2.「アイコン」はデスクトップ上に配置可能なものであることが必要であるか否か?

がありましたが、どのように解釈されていったのでしょうか?
 それでは、より具体的に内容を解説していきます。

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                                                  解 説

<解説>
 特許第2803236号の請求項1記載の発明は、以下の通りです。
「【特許請求の範囲】
請求項1
アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。」(以下、本件発明という。)です。

 争いの無い事実として、下記の分説がされています。すなわち、
「ア本件第1発明は,次のとおり分説される。
1−A  アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,
1−B  前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,
1−C  前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段と
1−D  を有することを特徴とする情報処理装置。」です。

 まず、結論から述べると、明細書等の記載から、裁判所は、「アイコン」とは、表示画面上に表示され、情報処理機能等を実行させるものであり、各種の処理コマンドを指示するものであると解釈しています。
 その理由は、下記の記載を引用しています。すなわち、判決文によれば、
「第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件充足性)について
(1) 本件明細書における「アイコン」の意義
 ア 本件明細書(甲13の13)に「アイコン」の定義はないが,特許請求の範囲には,「機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」,「所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコン」及び「表示手段の表示画面上に表示されたアイコン」との記載がある。
 イ また,本件明細書(甲13の13)の発明の詳細な説明には,上記特許請求の範囲と同旨の記載のほか,「アイコン」について,次のような記載がある。
 (ア) 「先ず,ステップS1で,ウィンドウ情報記憶部5を参照して,表示装置1の表示画面上のどの位置にどんなオブジェクトがあるかを知る。つまり,表示装置1に表示されている各種の処理コマンドを指示するアイコンの表示位置データを得る。」(4欄9行ないし14行)
 (イ) 「次にステップS2において機能説明を指示するアイコンが指定されたか否かを判別するが,ここでは,ポインティング装置2に設けられたボタンが押された時のマウスカーソルの位置から,その位置に表示されているアイコンの種類を識別する。そして指定されたアイコンが機能説明を指示するアイコンであったならばステップS3に移行し,ポインティング装置2の移動に伴って機能説明を指示するアイコンを移動させる。ステップS4でポインティング装置2のボタンが離されると,ステップS5に移行し,ボタンが離された時の機能説明を指示するアイコンの位置のデータと,ウィンドウ情報記憶部5から得たデータとから機能説明を行うべき機能の種類を識別し,機能説明のアプリケーションを起動し,機能説明を行う。ステップS2の判断で,機能説明アイコンでない場合,ステップS6に移行し,指定されたアイコンで示される機能動作を実行し,その機能の終了によって第2図のフローチャートの制御を終了する。」(4欄14行ないし30行)
 (ウ) 「以上の構成で,まず,第3図に示すようにウィンドウがオープンされ,このとき,画面情報として,ウィンドウの位置情報,大きさ等が記憶され,ウィンドウ内に矩形のホームメニューが複数個表示される。この時,機能説明アプリケーションは,丸印で示されたアイコンの形で表示されている。そしてポインティング装置2を移動させて,矢印で示されたマウスカーソルを丸印の機能説明アイコンの上へ重ね合わせ,マウスボタンをプレスして説明対象オブジェクトの上へドラッグして移動し,マウスボタンをリリースする。例えば通信のアイコンの上に移動する。」(4欄31行ないし41行)
 (エ) 「第5図は,機能説明の丸印のアイコンをウィンドウの枠部分に設けられたスクロールバーの位置に移動してリリースした時の機能説明の表示例を示したものである。又第6図に示すように,別のウィンドウに表示されているメニューメッセージ上に移動させる場合の例を示したものである。」(4欄50行ないし5欄5行)
 (オ) 「第2図は,本実施例の制御手順を示すフローチャート,第3図,第4図は本実施例を示す図,第5図,第6図は本実施例の他の表示例を示す図である。」(6欄9行ないし11行)
 ウ 前記アで認定したとおり,本件明細書には,「アイコン」を定義する記載はなく,アイコンとは,前記アの記載から,表示画面上に表示され,情報処理機能等を実行させるものであり,また,前記イ(ア)の記載から,各種の処理コマンドを指示するものであることが分かる。」と判示しています。

 ここで、「メニューメッセージ」及び「スクロールバー」は「アイコン」には含まれないとしています。すなわち、判決文によれば、
「もっとも,前記イ(エ)記載のとおり,機能説明のアイコンをウィンドウの枠部分に設けられたスクロールバーや,別のウィンドウに表示されているメニューメッセージ上に移動させた時の機能説明の表示例が示されているが,「メニューメッセージ」は,「各種の処理コマンドを指示するもの」ではないから「アイコン」には含まれず,本件発明の実施例とはいえない。本件明細書にも,前記イ(オ)のとおり,第3図及び第4図は,「本実施例」とされているが,機能説明
のアイコンをメニューメッセージ上に移動させた図である第6図は,本実施例の「他の表示例」とされており,区別されている。したがって,同じく「他の表示例」とされている第5図に記載された機能説明のアイコンをスクロールバー上に移動させた例も本件発明の実施例とはいえない。したがって,スクロールバーは「アイコン」には含まれない。」というものです。

 そして第一の論点である「「アイコン」は、ドラッグないし移動できるものであることが必要であるか否か?」について、本件発明における「アイコン」について、移動可能であるものに限定されていると解する事ができないと結論付けています。

 その理由は、以下の通りです。すなわち、判決文によれば、
「本件明細書第2図は,本実施例の制御手順を示すフローチャートであり,ウィンドウ情報取得の後,説明アイコンがYesの場合にドラッグ,リリース,解析・起動の順に手順が記載され,その内容の説明が前記イ(イ)認定のとおり記載されている。この実施例では,第1のアイコンをドラッグし,第2のアイコンの上にリリースする方法となっているが,本件明細書の実施例以外の箇所においては,「アイコン」をドラッグないし移動させることは記載されていない。また,本件発明の特許請求の範囲には,アイコンの「指定」とのみ記載されており,指定方法について,アイコンをドラッグないし移動させることに限定はされておらず,かかる方法の限定の記載はない。
 よって,本件明細書第2図をもって,本件発明における「アイコン」について,移動可能であるものに限定されていると解することはできない。」としています。
 
 これは、特許請求の範囲基準の原則(特許法第70条第1項の規定の反対解釈)に従っています。特許請求の範囲基準の原則とは、特許請求の範囲に記載されている発明のみが技術的範囲判断の基準となるべきであるとする原則です。
 
 これに関連する基準として、実施例に関する基準があります。
 実施例に関する基準の原則:これは、発明の詳細な説明又は図面に記載された実施例のみに限定して特許発明の技術的範囲を定めてはならないという原則です。
 これには、例外があります。例えば、特許請求の範囲の構成要件の全部が公知事実そのものである場合などです。

 本事例では、原則どおり、特許請求の範囲の記載を基準として、実施例はあくまで実施例であり、これに限定して解釈することがないように、原則どおり、アイコンの解釈も行っています。

 また、第二の論点である「「アイコン」はデスクトップ上に配置可能なものであることが必要であるか否か?」については、本件発明における「アイコン」がデスクトップ上に配置可能なものであることが必要であるとはいえない結論付けています。
 すなわち、判決文によれば、
「しかしながら,本件明細書第3図においては,「ウインドウタイトル」というウィンドウ内に表示されるものがアイコンであるとされているから,本件発明における「アイコン」がデスクトップ上に配置可能なものであることが必要であるとはいえない。」としています。

 次に、出願当時における「アイコン」の意義について議論しています。結論から言えば、明細書等の記載、及び出願当時の「アイコン」の解釈から、本件発明にいう「アイコン」とは、「「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの」が必要十分条件であると結論付けています。
 
 その理由は以下の通りです。すなわち、判決文によれば、
「(2) 出願当時における「アイコン」の意義
 ア 次いで,被告の主張について,本件特許出願当時の「アイコン」の意義を参酌して検討する。本件特許出願当時(平成元年10月31日)の文献には,次のような記載がある。
 (ア)  昭和64年1月1日発行の「現代用語の基礎知識1989」(甲13の56)には,アイコンについて「ディスプレイの画面の中に,目で見てそれと分かる絵を示し,その絵に相当する処理をさせる方式。たとえば,時間を知りたいときは,時計の形をした絵をマウスで指定する。」との記載がある。
 (イ) 昭和64年1月1日発行の「月刊アスキー(1989年1月号)」(甲15)には,以下の記載がある。
 a 「これらのアイコン群は,アクセス可能なデバイスとアプリケーションを表している。この部分をマウスでドラッグして上下に移動させると,一番上のNeXT社のロゴマーク以外のアイコンは上下端に完全に隠してしまうことができる。」との記載がある。
 b 「消去するファイルは,Macなどと同じように,マウスでドラッグしてブラックホールにオーバーラップさせる。」との記載がある。
 c 「[Directory Browser]メニューは…選択したウィンドウ内に収納されているファイルの一覧を階層構造で表示する。その内容の一部をアイコン表示しているウィンドウが,下の2枚のウィンドウである。」との記載があり,この記載に関する図3には一般的な初期画面として,「[Directory Browser]メニューで選択したウィンドウ内のアイコン群。」として,ウィンドウ内にファイル名とデザイン化された図柄がセットになったものが多数配列されている図が示
されている。
 d 「ボイスメールの場合は,[voice]コマンドのアイコンをクリックすると,音声再生が行われる。」との記載があり,この記載に関する図4にはElectronic Mailの初期画面としてメールウィンドウ内に「voice」の文字と唇の図柄がセットになったものその他の文字とデザイン化された図柄がセットになったものが数個配列されているほか,作成したメールの送信用ウィンドウ内にも,同様のものが数個配列されている図が示されている。
 (ウ)  昭和63年3月30日発行の「電子情報通信ハンドブック」(甲13の57)には,「ディスプレイ上ではマルチウィンドウ機能により,複数の画面を同時に表示し,相互にデータ交換を行って,仕事の流れを目で確認しながら進めることができる。また,各種のデータや処理機能を「絵」(アイコンと呼ぶ)として表示し,マウスで指示,選択することにより処理を進める。」との記載がある。
 (エ)  昭和61年11月20日発行の「図解コンピュータ百科事典」(甲13の58)には,「アイコンとは,機能やファイルを視覚的にだれにでもわかりやすく絵文字で表現したものである。アイコンは,システムごとに決められたものとユーザが自分で自由に決めるものがある。しかし,バラバラな絵文字を使うことは,逆にわかりにくくなる危険性がある。アイコンの標準化は,1986年からやっと検討着手した段階である。代表的なアイコンとしてゼロックスのワークステーション“STAR”で採用されているものを紹介する。」と記載され,アイコンの例として,12例が挙げられているが,いずれもその機能を絵で表現したものである。
 (オ)  昭和61年4月25日発行の「JStarワークステーション」(甲13の44,甲14の1,乙2,5)には,以下の記載がある。
 a 上記(エ)で記載したゼロックスのワークステーション“STAR”で採用されたアイコンについて,「一般オフィスで使用される用紙,フォルダ,ドロア,メール箱などの使用形態を画面上にシミュレートし,絵文字を使ったデスクトップというモデルを基本としている。この用紙やフォルダなどを見やすく描いた絵文字をアイコン(icon)とよぶ。図3.3にJStarに使用されるアイコンの主なものを示す。一見して各絵文字が何を表すのかがよくわかるデザインになっている。」とあり,8種類のアイコン例が示されているが,いずれも絵で表現されたものである。「アイコン(絵文字)」という記載もある(甲13の44,甲14の1)。
 b 「このようなアイコンが画面上に表示され,その配置もユーザの好みに応じて自由に変更できる。まさに事務机の上に置いてある書類や事務機をシミュレートしてあり,これがワークステーションの概念に欠かせなくなったデスクトップ思想である。」,「オフィスの机の上の状態を画面上にシミュレートしたデスクトップとアイコンの考え方は,ユーザに親しみやすさを感じられると同時に,覚えやすさと操作のしやすさの向上が目的となっている。」,「アイコンは大きく分類して2種類ある。一つは文書アイコンやレコードファイルアイコンなど,中身の実体
をもったデータアイコンと,プリンタアイコンや電子メールの送信箱アイコンのように特定の機能を実行するためのアイコンがある。」,「基本的に文字だけの表示とステップキーや数字入力に頼ってユーザインタフェースを構成している従来の機器に比べ,アイコンとマウスを使ったシステムはユーザの心理的負担を大幅に軽減し,ユーザインタフェースを大きく改善している。」との記載がある(甲13の44)。
 c 図6.5には,デスクトップ表示例として,アイコンがデスクトップ上に並んでいる例が示され,図6.6には,アイコンのデザイン例として,9つの機能に関して5つずつ例が示されているが,アイコンはいずれもデザイン化された絵で示されている(甲13の44)。
 d 「一般に機能を表すアイコンはどのアイコンにも移動/転記はできない。たとえばプリンタアイコンを送信箱に転記しようとしても受けつけられない。」との記載がある(甲14の1)。
 e 「アイコンはその状態と使用目的によって,いくつかの異なった方法で表示される。たとえば,デスクトップ上では大きく,コンテナウィンドウ内では小さく表示される。」との記載がある
(甲14の1)。f 図6.8には,長方形の右上隅を折り返した絵が描かれ,これに関して「文書アイコンのミニチュアで,文書アイコンを移動したり転記したりする命令を発するとこの形になり,移動先や転記先を指定するユーザの操作を促す。同様のミニチュアアイコンがフォルダやドロアやプリンタアイコンなどについてもある。」という記載がある(甲13の44)。
 g 「図形処理においては,アイコンや文字と全く同様に,線や四角形も選択,移動,転記そして変形等の操作が可能になっている。」という記載がある(乙2,5)。
 イ 前記ア認定のとおり,本件特許出願当時の文献によれば,アイコンとは,「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示したもの」と一般に理解されていたものということができる。
 被告は,本件特許出願当時,「アイコン」は,「ドラッグ」ないし「移動」ができることが前提とされ,「デスクトップ上」へ配置可能なことが前提とされていたなどと主張するので,以下この点について検討する。
 ウ 移動可能性の要否
 (ア) 本件特許出願当時の文献「月刊アスキー(1989年1月号)」(甲15)には,アイコン群をマウスでドラッグして移動させる旨の記載がある(前記(2)ア(イ)a)。他方,同じ文献には,メールウィンドウ内のコマンドを表しているアイコンとメール送信用のウィンドウ内のアイコンがあり(前記(2)ア(イ)d),これらのアイコンがドラッグ又は移動できるとの記載はないし,ウィンドウ内で機能を実行するためにクリックされるものであるから,ドラッグや移動とは関係ないものと解される。
 よって,上記文献に記載されたすべてのアイコンがドラッグ又は移動できるものとはいえない。
 (イ) 本件特許出願当時の文献「JStarワークステーション」(甲13の44,乙2,5)には,移動できるアイコンを前提とした「このようなアイコンが画面上に表示され,その配置もユーザの好みに応じて自由に変更できる。」との記載(前記(2)ア(オ)b),「アイコンを移動したり転記したりする」との記載(前記(2)ア(オ)f)及び図形処理においてアイコンや文字と同様に移動等ができる旨の記載(前記(2)ア(オ)g)がある。
 しかしながら,「このようなアイコンが画面上に表示され,その配置もユーザの好みに応じて自由に変更できる。」との記載の後に「これがワークステーションの概念に欠かせなくなったデスクトップ思想である。」と続く文章であることからも分かるように,上記記載は,デスクトップ思想におけるアイコンの位置付けについて触れたものであって,アイコンの一般論を述べているものではない。また,「アイコンを移動したり転記したりする」との記載は,図6.8「カーソルの形の種類と使用される状況」という図の中にあって,カーソルの形を状況に応じて変化させ,ユーザーが次にとるべきアクションを図形パターンで視覚に訴えることによって分かりやすく親しみやすいインターフェイスを実現することを説明する文脈で,もしユーザーが文書アイコンを移動したり転記したりする命令を発した場合には,カーソルが文書アイコンのミニチュアの形に変化してユーザーに移動先や転記先を指定する操作を促すことを説明しているものであって,アイコン一般について移動が可能であるという趣旨を述べているものではない。さらに,図形処理においてアイコンや文字と同様に移動等ができる旨の記載は,図形処理のユーザーインターフェイスの改善を述べる文脈で,例示としてアイコンや文字を挙げたものであり,すべての文字が移動可能でなければならないとはいえないのと同様に,すべてのアイコンについて移動可能であるという趣旨をいうものとは解されない。
 他方,同じ文献中には,アイコンの中には移動等が制約されるものが存在することを前提とする記載もある(前記(2)ア(オ)d)。
 よって,上記文献によっても,すべてのアイコンがドラッグ又は移動できるものとはいえない。
 (ウ)  そして,前記(2)アで認定したとおり,本件特許出願当時の文献において,「アイコン」が移動可能なものに限定される旨を明確に記載したものは見当たらないことからすれば,本件特許出願当時,「アイコン」がドラッグないし移動ができることを必要とすると解されていたと認めることはできない。
 (エ)  被告は,乙3の記載に依拠してアイコンに移動可能性が必要である旨主張する。
 「先端ソフトウェア用語事典」(乙3)は,本件特許出願後である平成3年5月25日に発行されたものである。上記文献には,アイコンの定義としては,「計算機資源を表すためにディスプレイ画面上に表示される小さな絵。」との記載があるのみで,移動可能性については触れるところがない。また,上記文献には,「マウスを用いてアイコンの選択・起動・移動・複写・削除などができる。」との記載があるが,その直後に「これを文字コマンドによる指示に対比して,直接操作(direct manipulation)と呼んでいる。」とされていることから分かるように,アイコンはマウスによって直接操作できるということを説明する文脈であり,「移動」はその操作の一例にすぎない。また,「ファイルを複写するには,通常,複写したい先のディレクトリにファイルアイコンを引きずっていけばよい。ファイルを削除するには,ゴミ箱のアイコンの所までファイルを引きずっていく。プリンタのアイコンが画面上にある場合には,アイコンをプリンタの所まで引きずっていけばファイルが印刷されるであろう。」との記載もあるが,ファイルの複写,削除,印刷に関しても,アイコンをドラッグさせて行うという一つの方法を紹介しているものであって,同文献から読み取れるのは,アイコンの中には移動できるものも存在するという程度にとどまり,それを超えて,すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なものであるという趣旨をいうものと解することはできない。
 (オ)  また,被告は,乙4の記載に依拠してアイコンに移動可能性が必須である旨主張する。
 「情報システムハンドブック」(乙4)は,本件特許出願後である平成元年12月5日に発行されたものである。上記文献は,アイコンの定義としては,単に「ユーザの利用できる資源,メニューの選択肢などを図記号として表示したもの。コンピュータとユーザとのインタフェース(ユーザインタフェース)を改善するために考案された手段の一つ。」と記載するのみで,移動可能性について触れるところがない。また,上記文献には,「文書を印刷したいときは,文書アイコンをプリンタアイコンに重ねるだけでよい。」という記載があるが,この記載は,同じ文書アイコンを引き出しアイコンに重ねた場合やゴミ箱アイコンに重ねた場合との結果の違いを述べた上で,同じ操作を行っても受け取るオブジェクトによって結果が異なることが,ユーザーにとって使いやすいことを示すための一例にすぎないものであって,ここから,すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なものであるという趣旨を読み取ることもできない。
 (カ)  その他,本件特許出願後である平成2年5月25日発行の「岩波情報科学辞典」(甲13の19)においても,アイコンとは,「計算機が人間とのインターフェースとして画面上に表示する処理の対象物や処理そのものを示す図柄をいう。」と定義され,移動可能性については触れていない。また,上記文献には,「高度な機能をもったウィンドウシステムのもとでは,アイコンへの操作だけで仕事を済ませることも可能で,たとえば文書を表わすアイコンを選択し,次にプリンターやくず箱を表わすアイコンへ移動する(ドラッグ(drag)という)という操作によって文書の印字や削除の処理を表現することができる。」との記載もあるが,すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なものであることをいうものではない。
 その他,本件特許出願後の文献においても,「アイコン」が移動可能なものに限定される旨を記載したものは見当たらない。
 (キ)  以上によれば,本件特許出願の前後を通じて,「アイコン」の意義について,「ドラッグ」ないし「移動」ができることを必要とすると解されていたものとはいえない。
 エ デスクトップ上への配置可能性について
 被告は,甲13の44に依拠して,本件特許出願当時「アイコン」は,「デスクトップ上」へ配置可能なことが必要とされていたと主張する。 この点については,本件明細書上も限定されていないことは前記(1)オのとおりである。また,本件特許出願当時の文献である「JStarワークステーション」(甲13の44)においても,デスクトップ上にないウィンドウ内にあるものを「アイコン」と呼ぶことがあること,アイコンがデスクトップ上ではなくコンテナウィンドウ内にある場合があることが前提となっていたことは,前記(2)ア(オ)eで認定したとおりであり,これらの「アイコン」がデスクトップ上に配置可能であったことを示す証拠はない。さらに,本件特許出願当時の文献である「月刊アスキー(1989年1月号)」(甲15)においても同様であることは,前記(2)ア(イ)c認定のとおりである。
 また,前記(2)アで認定したところによれば,本件特許出願当時の文献において,「アイコン」がデスクトップ上に配置可能なものに限定される旨を記載したものは見当たらない。その他,前記(2)アで認定した事実をすべて検討しても,本件特許出願当時の「アイコン」の意義について,デスクトップ上に配置可能であることが必要とされていたと認めることはできない。
 以上によれば,本件特許出願の前後を通じて,「アイコン」は,デスクトップ上に配置可能なことを必要とすると解されていたものとはいえない。
 オ なお,本件全証拠によるも,本件発明の「アイコン」について,モードレス環境で用いられることが必要であるとの限定が存在するものとは認められない。
(3) 小括
 以上(1)(2)によれば,本件発明にいう「アイコン」とは,「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの」であり,かつそれに該当すれば足りるのであって,本件明細書の記載によっても,本件特許出願当時の当業者の認識においても,それ以上に,ドラッグないし移動可能なものであるとか,デスクトップ上に配置可能なものであるなどという限定を付す根拠はないというべきである。」というものです。

 つまり、本件明細書、出願当時の「アイコン」の意義を参酌してもデスクトップ上に配置可能であるものに限定されず、また、ドラッグないし移動できるものであることに限定されないとしています。

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                                             まとめ・余談

<まとめ・余談>
 明細書を書くに当たって、限定解釈されないような記載をしているつもりです。本件明細書は、意図的に限定解釈されないような記載にはなっていないのですが、一実施例の説明として本件発明を説明しており、限定的な記載がなく、結果的に「アイコン」は、デスクトップ上に配置されるものであるとか、ドラッグないし移動できるものでなければならない等の限定はされていません。
 一般的に、現状では、デスクトップ上に配置されるし、ドラッグないし移動は通常できますが、これは可能なもので、限定的なものではないということなのでしょうか。
 明細書中に、ある構成要素の定義規定を設けるか否か、非常に微妙な点です。なぜなら、明細書で定義をしてしまうと、それは自白事実ということになり、これを覆す事が非常に困難だからです。後で拡大解釈する事はおそらく不可能です。
 一方で、定義をしないと、特許請求の範囲が不明確であるといわれて拒絶される場合もあります。難しいところです。
 明細書を記載する側からは、万一不明確といわれても、他の構成要件の追加により、少なくとも構成要件が特定されて、不明確にはならないような記載を明細書の各所に残しておくべきでしょう。そうすれば、たとえ不明確との拒絶が来ても適切な補正により拒絶を克服できるでしょう。万一のための明細書の記載を念頭にいれて作成する事が望ましいといえます。




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